政治家として「靖国問題」を考える

内閣官房副長官 安倍晋三 × 衆議院議員・元郵政大臣 野田聖子

写真  政治家として、一人の日本国民として、「靖国問題」を語り合う安倍官房副長官と野田衆院議員。
 両氏とも、靖国神社は日本の心の問題であり、国のために亡くなった方たちの冥福を祈り、平和を祈る場であると強調する。
◆祖父、父との靖国神社の思い出
―安倍さん、野田さんとも靖国神社にまつわる個人的な思い出がありますか。
安倍  私の場合は親族にいわゆる遺族がいないものですから、子供の頃とか靖国に行ったという思い出はまったくありません。ただ、父(故安倍晋太郎氏)が外務大臣の時に私は秘書官になったのですが、父はわりとよく靖国に行っておりました。いろいろな物事の節目節目や、八月十五日にも初期の段階では行ってましたから、父に連れられて、私も行くようになりました。その意義についてもその頃から考えるようになりました。
野田    私は全く逆で遺族ではないんですが、私の祖父の野田卯一(故人、建設大臣、行管庁長官、経企庁長官など歴任)が戦争中、大蔵省主計局にいて、戦費の捻出を担当し、戦争に深くかかわっていました。
 祖父自身は目が悪かったため、当時は当然お国のために直接戦地に行きたいという意欲があったのでしょうけれど、身体の障害によって、その思いが果たせず忸怩たるものがあったようです。自分の後輩がどんどん出征しては亡くなって、結局、日本は敗戦した。祖父が国会議員を目指した原点はそこにあり、戦後復興とアジアとの平和回復というのが本人の公約でした。
 そういう政治家の祖父を持っていながら、私はそんなことを何も知らずにいました。その祖父と会えるのが年に二回ぐらい。その一つがお正月のご挨拶と、もう一回は祖父が戦友たちがいるからということで靖国神社にお参りに行くのに、小学校の低学年でしたし何も分からずについて行ってしまいました。それが習慣になっていて、私のその当時の楽しみは、参拝の帰りに屋台で何か買ってもらったり。極めて政治色のない当たり前の習慣として今日に至っています。
安倍  私の父の場合も旧制高校の時にいわゆる生徒隊として動員され、滋賀航空隊に配属されて、全員が志願して特攻隊の要員になったんです。ただ、当時はもう特攻隊のため一人前のパイロットにする訓練もできない状況でした。しかし、父のすぐ先輩とか同僚では戦死した人もいます。父が衆院議員に初当選のときに靖国神社を参拝したのは、自分の同級生とか先輩とかに報告に行くという気持ちがあったのではないかとおもいます。
―野田さんがおっしゃったように、靖国神社はお祭りのときには露店が出たり、大相撲の奉納とか、都民にとっては賑やかで楽しい「遊び場」でもあります。
野田    そうなんです。私の出身大学は上智大学ですが、靖国神社に近くて、学友と花見に行こうかとか(笑い)、個人的にはフランクなスペースでした。国会議員になってここまで縛られなければいけないような場所としての意識は全くなかったです。
安倍  私もサラリーマン時代に靖国神社でお花見しました。お花見したら、そこに大村益次郎(明治維新後に兵部大輔、近代兵制を確立、靖国神社の前身の東京招魂社建立に当たった)の銅像があったんで、「あ、ここにあるんだ」と思ったのを思い出します。
野田    実は大村益次郎さんは私の遠い縁戚なんです。昔、祖父に、「これは君の遠い縁戚だから」と言われたのを覚えています。
安倍  それじゃ、野田さんは山口県にルーツがありますね。大村益次郎は長州ですから。
 話を戻しますが、そういう意味では非常に多くの人たちが靖国神社に親近感を持っています。年間六百万人の人たちがこの神社を訪れるのは非常に大きな意味があると思います。普段の生活の一部になっている人たちも多いでしょうし、うちの父もそうですが、身近に戦没者、親とか、ご主人とか、息子さんを戦いで失った人たちが靖国神社に行けば何となく心の癒しが得られるという気持ちがあるから行くんだと思うんです。随分遠くから皆さん参拝に来られている。
野田    いわゆるサンクチュアリ(聖域)みたいな場所ですね。

◆祀られている霊について思う
―靖国神社の場合には、明治国家をつくった官軍の戦死者ばかり祀られてると皆さん思っていますが、本殿の脇に鎮霊社があり、白虎隊、西郷隆盛とかの霊は、その鎮霊社でお祀りされています。そのことが意外に知られていません。
野田    私たちにとっては軍人さんというか兵隊さんのイメージが強いんですが、中には沖縄戦の「ひめゆり部隊」の生徒たちとか、「対馬丸」で遭難した学童疎開者なども併せて祀られているというのを聞くと、一部のイメージとは随分隔たりがあるなと感じます。
安倍  そうですね。基本的に国の命令によって亡くなった方ということで、電話交換手だった方も含めて随分多くの方が祀られてますからね。
野田    私などは最初の頃は男の神様ばかりなんだろうなと思っていましたから、約五万七千柱は女性の神様だと聞いて、ある種の感慨があります。そういう意味では、すごく大衆の神様なのでしょうね。どうしても靖国問題というと、すぐA級戦犯の十数人の人たちだけがスポットを浴びて、あとの二百四十六万の人たちは全く議論の場に上がっていません。
安倍    乃木神社とか、東郷神社という軍神を祀っている神社がありますけれども、そことは違って、本当に一兵卒あるいは国のために命を捧げた多くの一般の名もなき人々すべてが、亡くなったら神様になるという極めて素朴な信仰によって祀られています。これはやはり靖国神社がいかに地盤が広くて堅いかということの証査ではないかと思います。
野田    そうですね。日本人はそもそも宗教に対して、ヨーロッパなどに比べて希薄です。私が政治家になって思うことは、いくつもの宗教の人との出会いがあるなか、誰もが拘束しないし、基本的に自由だということ。一般的には亡くなったら神様か仏様になるんだという、日本の習わしが前提にありますから、参拝する動機としては靖国神社に行くと亡くなった人がそこにいるという事実だけで十分だと思います。宗教的儀式だとか堅苦しいものではなくて、もっと日本人の素朴な気持ち、それを行動に移すわけですが、それがどうしても対極にいる人たちにすごくデフォルメされてしまうのが誤解のもとかなと思います。
安倍    遺族の皆さんを含めて六百万人の方々が毎年毎年靖国神社を訪れることを考えたときに、強制されるわけでなく、北海道とか、沖縄とか、遠くから自分の金を払ってやってくるわけです。これは二つ理由があると思います。
 一つは、靖国神社に行くと、もしかしたら魂と触れ合えるかもしれないということだと思うんです。それと多くの人たちが遺書に「靖国で会おう」ということを書いていることもあると思いますが、亡くなったご主人とか、子供たちとか、愛する人たちと約束を果たしたい、あるいはもしかしたら靖国神社に行くと会えるかもしれないということだと思うんです。
 あるお年寄りが春のちょうど桜の時期に行って靖国神社の境内のベンチに座っていると、ひらひらと桜の花びらが落ちて手の中に入ったというんです。「あ、息子が帰ってきた」と思ったという。この気持ち、そんなの迷信だよというのは簡単なんですが、そう思えるというのは、そういう人たちにとっては気持ちが癒されることだと思うんです。
 もう一つは、靖国神社に行くことによって、自分の夫や息子は、国のために戦って、この国の繁栄のために命を落としたから、こうして祀ってもらっているということを実感する、国から名誉を与えられている、国民から名誉を与えられているということを実感する。これも大きい。私はこの二つがあって皆が足を運ぶのだと思います。
野田    私は歌を歌うことが好きです。たまには親孝行しようと思いまして、昭和八年生まれの母と一緒に歌を歌いに行ったことがあるんです。母は今の歌を知らないし、何を歌うのかなと思ったら、「同期の桜」を歌いました。私も「同期の桜」は一番の歌詞なら大体分かります。ただ、二番、三番はあまり歌わないので、気にも留めていなかったんですが、その中に「靖国で会おう」という歌詞があるわけです。
 つまりあの当時のヒット曲でしょう。ヒット曲という言い方は変ですが、広く一般に、今に至ってまで歌われている歌ですから、日本人としてはそういう運命にあった人たちは、最後に靖国神社に集結するという歌詞が大衆の心に染み込んでいる。そこには宗教のシの字もないし、戦争賛美でありません。そのとき大衆化されているんだなというのをハッと思ったことがありました。
安倍    小泉総理が参拝されたことについていろいろな議論がありますし、それまでにも橋本総理が参拝したときも議論がありましたが、大体その議論というのは二つのことに集約されます。一つは憲法二十条の政教分離に反するんじゃないかという議論です。
 そもそも日本も含めて世界中そうなんですが、完全に政教を分離する完全分離主義というのは、どの国もとっていません。日本でも津の地鎮祭の最高裁の判決で目的効果基準というのがあって、完全に宗教と政治とを分離することはできないとされました。一定の宗教を圧迫したり、あるいは助長に資するようなことを行ってはいけない。総理が靖国に参拝したから信徒の数が増えるかといったら決してそんなことはない。
 第一、神道は布教活動を行ってません。「靖国の信徒になりませんか」っていわれたことは誰もいない。公明党の若い人たちとも議論する機会があったのですが、布教活動を全然してませんから、参拝によって総理が神道を広める応援にもならない。総理は国のために亡くなった方々のご冥福を祈るとともに、平和を誓いに行っているのであって、そもそも宗教的意義とは無関係なんです。

◆慰霊することの意味
―安倍さんがおっしゃるように、いろいろな国に元首が訪問したときには必ずと言っていいほど戦士の墓とか、慰霊廟などに花輪を捧げています。あの行為は慰霊という意味では宗教的意味合いが必ずあります。
安倍    慰霊ということは、その行為自体、要するに霊を信じることを前提にしなければいけませんから、宗教的意味合いの排除はなかなかできない。いわゆる特定の宗教色を排除するところはたくさんあります。
 例えばアメリカでマーシュリー事件というのがありました。ネブラスカの州議会で牧師がいつもお祈りをするんです。そういう人をチャプレンと呼んでいてホワイトハウスにもいます。このチャプレンの存在自体が合衆国憲法の政教分離を定めた憲法違反じゃないかと、連邦最高裁まで争われたんですが、連邦最高裁はその訴えを却下しました。そもそもこの憲法を定めた憲法制定会議は、そこにいたチャプレンの「皆さん、いい憲法を作りましょう」という祈りとともに始まった(笑)。そして、憲法ができ上がったときにチャプレンが「いい憲法ができました。皆さん、神に感謝しましょう」と、またお祈りをした。その憲法がチャプレンの存在を否定しているわけがないという判断が下された。このことをもってしても、政治と宗教は完全には分離できないことの証明じゃないかと思うんです。
野田    私はたまたま大学で宗教学をかじったんですが、日本の国民と宗教の関係と、他国の宗教と国民の関係はすごく違うと思うんです。そもそも日本に「異教徒」という言葉は存在しないでしょう。日本では、人の生涯でも生まれてきたら神社でお参りして、七五三に行き、結婚するときはチャペルで挙げて、亡くなったときはお寺で、というのが、当たり前のような国民性です。宗教そのものが生活の規範になっている国とは随分ちがいます。
 他国の宗教って非常にストイックです。その国の国情すら変える。例えば、ヨーロッパは子供が減らない前提の一つに、キリスト教徒が多くて、キリスト教の教えの中では堕胎が禁じられてるのをきちっと守ってる国民がいるわけです。片や日本においては宗教といっても、そこまで生活の規範にしているかというとさにあらずですし、信仰心といってしまうとすでに信仰を持っているような民族ですから、これをまず整理した方がいいと思います。それで、中国の人とか韓国の人に対し、日本の宗教というのは、安倍さんがおっしゃったように、神道を意識していることはないということをきちんと説明する必要があると思います。
安倍    神道はとくにそうで、長い歴史のなかでほんの一時期排他的だったことはありますが、基本的に神道は排他的ではないです。多くの宗教は、異教徒が神聖な場所に入ることを妨げますが、神社は明治神宮にしろ、どこにしろ、お正月の参拝とか皆基本的にウエルカムです。神社に行って、そこで信徒になりなさいということもありませんし、全く排他的ではありません。
 もう一つは、繰り返しになりますが、ほかの宗教は厳しい戒律や教義がありますが、神道の場合にはいわゆる教義もないんです。ですからそこに大きな誤解があるんじゃないでしょうか。一神教的な人たちから見ると、それと同じような宗教だと思って誤解されてるところがあると思います。

◆総理の参拝といわゆるA級戦犯問題
―総理が参拝するのは決して布教活動ではありません。総理が毎年、正月に伊勢神宮を参拝しているにもかかわらず、なぜ批判されないのでしょうか。それに大平総理はクリスチャンでしたし、総理が靖国神社を訪れることが神道を普及させるためという批判は筋違いで、ためにする理屈という感じがします。
安倍    大平さんはまさに昭和五十四年にA級戦犯が合祀をされたあとに参拝されているんです。中国は全くその時には文句を言わなかった。
 さきほど私が二つの問題と言いましたが、一つは政教分離の問題、もう一つはいわゆるA級戦犯の合祀の問題です。A級戦犯については、昭和二十七年にサンフランシスコ条約を締結をして日本は独立をしました。そして二十八年の段階で早くも遺族援護法と恩給法を改正して、厚生省(現・厚生労働省)は戦犯として亡くなった方々、また戦犯といわれた人たちの恩給、遺族年金を一般の戦没者と同じにしたんです。ここで刑死ではなく、公務、国に殉じてなくなった公務死に変えたわけです。
 ですから、その後、ほぼ国会の全会一致に近い形で昭和三十一年にA級戦犯が釈放され、三十三年にBC級の戦犯が釈放されました。これは国民の意思で釈放したんです。
野田    確認しなくてはいけないのですが、A級とかB級、C級という戦犯を他の兵隊さんたちと差別してはいけないというのに積極的だったのは、むしろ現在の社会党系の人たちだった。それは人権ということでおっしゃっていたのですが、今どうしてこんなに変わっちゃったのかなって、不思議なんです。すごくいいこと言っていたなと思う。
安倍    そうなんです。遺族援護法改正もむしろ社会党の女性議員が「変えろ」と主張して、四千万人ぐらいの署名が集まったんです。よく間違う人たちがいて、その人たちはサンフランシスコ条約に反するじゃないかと主張しています。サンフランシスコ条約の十一条に「このジャッジメントを日本が受け入れた」という条文があるんですが、それをもってして、A級戦犯を祀っている靖国神社に行っちゃいけないと言っているんです。これは極めてナンセンスな話で、二つ間違っています。
 一つは、日本はあくまでも判決を、ジャッジメントを受け入れたのですから、それはなぜかといえば十一条に、勝手に日本が連合国の許可なくして留置されてる人たちを釈放しちゃいけない、きちんと連合国に相談しなさい、ということが基本的に書いてあるわけです。だから、そういう五年とか十年という判決を日本が受け入れたということなんです。
 その後、さきほどお話をしたように連合国の了解のもとで釈放されていってるんです。
 それと、処刑された人を祀るか、祀らない、靖国神社に慰霊に行くか、行かないというのは、まったく条約とは関係ないんです。
 あと、例えば賀屋興宣さん(終身禁固刑)と重光葵さん(禁固刑七年)の両方ともA級戦犯です。A級戦犯で刑期を終えた方と途中で減刑になった人なんですが、重光さんはその後外務大臣になって、日本が国連に加盟するときの代表です。賀屋さんは法務大臣になっています。だったらそもそもそれを全部もう一回見直さなければいけないような話になります。重光さんは戦後の功労によっても勲一等の勲章をもらってますから、それではA級戦犯に勲章を与えていいのかどうかということをもう一度議論しなければいけない。
野田   議論はあったのですか。
安倍    議論はなかったと思います。その当時はみんな常識があって、占領軍がさまざまな理屈をつけて勝手に裁いたんだと。しかし、今は外国にいろいろなことを言われるもんですから、そのために「とんでもない」ということになっているんだと思います。
野田    靖国問題で、不思議に思うのはマスメディアでは毎年八月の風物詩みたいな取り上げ方をする。その時だけ集中的に扱い、あとは全然関知しないところがある。だから私のように靖国問題の専門家ではなく、少し離れたところで見ている政治家としては、非常にパターン化されていて、八月だけが山場で、恒常的な問題ではない。官房副長官もそうですが、私もかつて郵政大臣のときに参拝に行きました。郵政省で記者会見があって、郵政省の担当ではない会ったこともない社会部の記者がいっぱい来ている。それでワンパターンの質問ばかりするんです。ちょっと妙な感じがしました。
安倍    野田さんがおっしゃったように風物詩なんですよ。マスコミにとって一つの大きなイベントで、ちょうどその時に国会もやってませんし、マスコミ用語でいうネタ枯れの時期なんです。だから十五日が近づくとどんどん書くわけです。そして問題をエスカレーションさせるんです。朝日新聞をはじめ一部のマスコミは盛んに外国に働きかけて、「こんなことをやるかもしれませんよ」「こんなことでいいんですか」というわけです。そうすれば、「いや、それは問題だ」となる。日本のマスコミが火をつけて回るという極めておかしなことになっているんです。私の何人かのアジアの友人からも、「日本のマスコミがどんどん聞きにくるからわれわれも反応するんだ」と言っいてます。
 日本の中には海外からどんどん文句が出ているといって抗議をする人もいますが、そうではなくて、それは日本の問題なんだと言うんです。
野田    非常にナンセンスに思ったのは、毎年変わらないマスコミの姿勢があり、何と何と何を聞かれるのか質問も分かっています。だから想定問答がすでに用意されている。公人ですか、私人ですかとか、妙な感じですよ。私は公人か私人かと突然言われても、単体の人間ですから、バッチを付けていると公人、外すと私人なのかなと。何の定義もないでしょう。一応それまでの先例に従って質問するということだったのですが、こんな中途半端なことをお互いやってるからそもそもいけないということを実感しました。
 それに靖国問題は、その日限りで翌年まで一切取り上げられなくなります。大勢来ていた記者はもう二度と来なくなる。一過性なんです。これで毎年振り回され、数ヶ月を政治的にロスすることに忸怩たるものを感じます。
安倍    八月十五日というのは敗戦の日ですから、皆が意気軒昂になるという日ではありません。その日に静かにお参りをするのは、本当に平和を祈る、冥福を祈る以外のなにものでもない。
野田    もっと突っ込んだ言い方をすると、私が参拝したときは、他国から戦争賛美のために行ってるんだとか、軍国主義に賛同しているから行くんでしょうという言われ方をされましたが、むしろ靖国神社に行くと、戦争に対する自戒が生まれてきて、こういうことを二度とやってはいけないという思いが育まれますよね。それがどうしても他国の人には分かってもらえない。参拝に行くと好戦派とか、右翼とかいろいろ言われてしまう。そうじゃないんです。
安倍    二年前に総理が八月十五日には靖国にお参りすると言われたあと、何人かの韓国の国会議員が私を訪ねて来られて、いろいろな議論をしました。そこで私が申し上げたのは、軍国主義とも、日本が好戦的になるということとも、侵略をしようということとも関係ない。しかし、それを今申し上げてもなかなか理解してもらえないでしょう。これは総理が今年も参拝して来年も参拝して再来年も参拝してその次も参拝して、しかし日本は全然変わらない。韓国とは友好な国になりたいと思っており、関係を大切に考えているし、平和な国家であることは全く変わらないなということで、初めて「ああ、やはりそうなんだな」というふうに思ってもらうしかない。だから今ここで百万言を費やしてもなかなか難しい。時間はかかるけれども、われわれは時間をかけて、参拝をしても決して日本は平和的、民主国家であることに変わりはないということが分かってもらえるんじゃないか、という説明をしたんです。
野田    せっかくアジアが一致団結、頑張っていこうというときに、靖国問題が大変な足かせになってしまっている。日本の将来を考えたときにそう楽観的なことはいえないし、当然日本が傾けば周辺のアジア諸国もしんどい思いをすることは皆分かり始めています。この問題が足かせになって前に進めないというのは二十一世紀の一番の悲劇だと思います。
 でも幸い安倍さんにしても私にしても四十歳代で戦争の実体験がありませんから、今の日本人の生き方は軍国主義でも、好戦的でもない、アジアと連携していくことが自分の国にとっても周辺の世界平和にとっても必要だということを、どんどん言い続けなければいけないと思います。これで若い者同士が対立していたら、その先に生まれる果実はない。私もそうですが、まず安倍さんにはどんどん言ってほしいです。

◆静かに祈りを捧げる
―八月十五日は敗戦の日で、われわれは戦争で国のために亡くなられた方たちをお参りに行くのです。まさに平和のためにお祈りに行くんです。そういう意味では、当たり前に行けばいいと思います。われわれにはこの国のために殉じた先祖に対し、「よく日本を守ってくれました」という思いとか、「こういう国になりました」と伝える義務があると思うんです。それは日本国、日本人の心の問題であって、諸外国に批判された場合には「そうですか」とだけ言えばいい。安倍さんがおっしゃったように、いくら言い訳をしたって何の意味もない。黙ってお祈りして、平和な国をつくっていけばいいだけの話です。それが五年、十年続けば何も言わなくなると思います。
安倍    八月十五日に靖国神社にお参りすると、多くの遺族の方が来ています。皆さん年をとっておられます。そして、それぞれこの五十六年間の大変な苦労が顔に刻まれています。好戦的になるはずがないんです。その方々は皆愛する人たちを失っているんです。祀られている人たちは皆さん国のために命を落とされた。
 もちろん愛する家族や愛する地域のためにということもありますでしょう。そして、結果として国のために命を落としている。そういう人たちがいなければ、国が続いていくことはできません。だから必ずどの国も、きちんとそういう人たちに対して尊崇の念を表しているのです。それが欠けては、私は国がどんなに経済的に繁栄しようが極めて品の悪い国になっていくだろうと思います。
野田    公務で外国に出張の際には、必ずといっていいほど、その国の戦争で亡くなった方々に対する慰霊の日程を組みます。私は素直に行きます。その私自身が日本の政治家でありながら、各国の兵隊さんの慰霊はするけれど、自分の国の兵隊さんへの慰霊ができないということには、すごく違和感があります。
 もう一つ、遺族の人たちには、私たち国会議員に復讐してほしいなどという気持ちはまったくない。自分たちの息子、夫が生きていれば、ひょっとしたら大臣になったかもしれない、高級官僚になったかもしれない、会社の社長になったかもしれない。でも、亡くなってしまった。ただ、その魂が無為でないということをどこかできちっと皆に認めてほしいという、そのシンボルが靖国神社なんだろうと思います。
 私たちも日本の歴史の一部です。わずかな一部ですが。連なってきている中でその連鎖を切ってはいけない、そういう思いを強くします。
 よく参拝の日にちを外せという意見もありますが、八月十五日に先ほど言ったような思いが集約されていますから、その日に行くことが非常に大切なんです。私は習慣として八月十五日にこだわらずに行くんですが、それに対してはまったく批判されず、八月十五日だけ批判されるということは腑に落ちないと申し上げたことがあります。
安倍   そうなんです。まさに風物詩になってしまっていますから。
野田   困ってしまいますね。
安倍   ええ。十二月八日の真珠湾攻撃の日に参拝に行くというと、これまた別の意味がありますが、八月十五日に行くというのは鎮魂以外のなにものでもないと思います。
野田   私もそう思います。
―官房長官の私的諮問機関「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が、平成十四年十二月に「国立の無宗教の戦没者追悼施設が必要」とする報告書をまとめました。靖国神社のいわゆる代替施設の問題ですが、これについてはどう思われますか。
安倍    立場もありますから官僚的答弁になってしまいますが、懇談会の報告書が出た。それは国民にとっては大きな問題なので、党内でもいろんな議論がありますから、そうした議論や、国民的な議論を深めていかなければいけないと思います。
野田    私は代替施設が必要だという考え方は、靖国問題からちょっと逃げているという感じがします。今あるものを、なぜ変えなくてはいけないのかという理由が、外圧とか、一部の極端な意見からきているとするならば、毅然として説得をしていかなければいけないと思います。
―安倍さんも野田さんもわれわれ一般国民の代表です。そういう立場から改めて靖国神社に対する考え、思いをお話ししていただければと思います。
安倍    小泉政権が誕生したあと、八月十五日が近づくなかでいろいろな議論がありました。私もテレビの討論番組などで、民主党や社民党、共産党の議員、例えば辻本清美さん(元衆議院議員、社民党)とも議論しました。
 その時に感じたのですが、彼らは盛んに日本軍の軍人だった人たちを口をきわめて罵るんです。そのことに彼らはどういう意義を見いだしているんだろうと思いました。国が成り立っていくためには、時には危険を冒しても、あるいは命を落としても守ろうという人がいなければ、国は成り立っていきません。
 われわれ国会議員はそのことを常に頭に入れていなくてはいけませんし、今生きてるだけではなくて、過去のそういう行為に対しても、そういう見地からまなざしを向ける必要があると思うんです。国のために殉じた人たちを批判することで、何か自分が立派な人であると見せようというのは本当に下品だと思いました。その意味では、われわれ国会議員はそういう役割を果たしている靖国神社の重さを考えなければいけないと思います。
野田    日本の言葉に「勝てば官軍」というのがあります。「もし」というのは歴史にはないんですが、もし戦争に勝っていれば、こんなこと当然起きていません。でも結果として戦争に負けて今日があります。過去を変えることも、過去を作り替えることもできませんから、その過去を厳粛に受け止めたうえで、起きた悲劇を二度と繰り返さないという意味でそこにあらねばならないものだと思うんです。負けた国だからこそ、謙虚になれる場所がある、悲しみの場所があるという理解を示さなければいけないと思います。
 もう一つ申し上げるならば、私たちの国はたくさんの宗教が認められていて、非常にいい国だと思うんですが、ただ、原則的に戦没者を慰霊しているという大きな場所、誰もが入れる場所は、靖国神社か千鳥ヶ淵しかないんじゃないでしょうか。そこには宗教いかんを問わず先達の慰霊に行くという姿勢だけで行ってる人が大多数だという現状を、もう少し客観的に受け止めて伝えていく必要があると思います。
(司会:産経新聞社正論調査室次長 奥村茂)
安倍晋三氏
昭和二十九年(一九五四年)、東京都生まれ。成蹊大学法学部卒業後、米国南カリフォルニア大学政治学科に留学。同五十四年、神戸製鋼所入社。五十七年に退社し、外務大臣秘書官などを経て平成五年、衆院議員に初当選。連続三回当選。この間、衆院厚生委員会理事、安全保障委員会理事、沖縄北方に関する特別委員会筆頭理事、自民党では国会対策委員会副委員長、社会部会長、外交部会長代理などを歴任した。岸信介首相の孫で安倍晋太郎元外務大臣(いずれも故人)の二男。